第6回:ありがとう、チャーリー 〜家族の心を支えてくれた11年〜

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きなこのニュージーランド犬通信

第6回:ありがとう、チャーリー 〜家族の心を支えてくれた11年〜

いつかきっと、また会おうね。

いつかきっと、また会おうね。

【編集部より】

きなこさんの愛犬チャーリーは、2008年5月14日永眠しました。
今回は、チャーリーの11年にわたる生涯と、きなこさんからチャーリーへのメッセージを掲載いたします。
チャーリーのご冥福を心よりお祈りいたします。

もくじ

1997【両親にかわいがられた子犬時代】

両親の愛情を一身に受けて幸せいっぱいの子犬時代。

両親の愛情を一身に受けて幸せいっぱいの子犬時代。

チャーリーが生まれたのは1997年の2月。1年間の予定でワーキングホリデーに出ていた私がいったん帰国し、ワークビザを取って再びニュージーランドに旅立ったのが前年の9月ですから、家族に加わったのは両親2人だけの生活になって半年ほど経った頃だと思います。すでに独立していた兄に加え、娘の私もついに実家を離れ、ガランとした家にやってきた久しぶりの子犬。両親が目に入れても痛くないほどかわいがったのも、考えてみたら無理はありません。そんな風に甘やかされて育ったもので、お山の大将に育つのも時間の問題。私がたまに実家に帰ると「新入り」だと思われて一日中吠え続けられる始末で、そもそもひ弱なイメージの小型犬は苦手だったこともあって、正直言ってチャーリーのことはちっともかわいいなんて思えませんでした。でも今思うと、チャーリーにとってはこんな日々が一番平和で幸せな時期だったのかもしれません。


2005【父との別れ、母の発病、そして私も・・・】

そんな穏やかな暮らしがしばらく続いた後、チャーリーをもっともかわいがっていた父は膠原病を患って少しずつ体力が落ちていき、2004年7月に亡くなりました。とても仲良しな夫婦でしたから、長年のパートナーを失った母の淋しさは、娘の私にも想像がつきません。家族の思い出がいっぱいつまった家に1人残され、自らも持病を抱えながら母も不安だったと思います。けれどもチャーリーがいることで散歩にも出かけ、周りの人たちと言葉を交わすことで少しずつ笑顔を取り戻し、淋しさが癒されていったのではないでしょうか。しかし父の一周忌も終えて気持ちを切り替え、さあこれから第2の人生を始めようという2005年の秋、今度はその母にガンが見つかりました。しかも長い時間をかけて静かに進行するガンで、その頃にはすでに余命半年という診断。

もちろん急いで帰国し、1日でも長く母と共に過ごしたいと思った私でしたが、実はちょうど時を同じくして、私自身もガンに冒されていることが分りました。私の方は幸い発見が早かったので、手術をすればほぼ完治する確率の高いもの。とはいえ命の危険が全くないわけでもなく、手術自体も初めての経験ですから心細くてたまりません。本当は母に飛んで来て欲しいくらいでしたが、心配をかけたくなくて病気のことは内緒にしていました。

2006【チャーリーと私、日本で初めての共同生活】

私が術後の回復を待って日本に帰ったのは、2006年の2月。その時すでに母は入院中でしたが、延命治療は拒否してホスピスを探していました。自分の病気に対する不安と、母への不安。でも心配はかけまいとする気持ち。そして娘としてホスピス探しをする日々。この頃は本当に毎日が張りつめていて、今振り返ってもいったいどうやって心の均衡を保っていたのか思い出せないほどです。そんな私の支えとなったのも、やはりチャーリーでした。

私の帰国直後。今みるとずいぶん不安そうな表情です。

私の帰国直後。今みるとずいぶん不安そうな表情です。

母の入院後、家族に世話ができる者がいなくて宙に浮いた存在になっていたチャーリーと私は、日本で初めての共同生活を始めました。あんなに吠え続けた犬だったのでどうなることかと思いましたが、どうやら一連の非常事態ですっかり怯えてしまった様子。私を見ると「この人しかいない!」とばかりにすがってきて、それがかわいいやらいじましいやら。小型犬は苦手だった私としても、毎日一緒にいるとみるみる愛情がわいてきました。それ以上に、病院通いで疲れたり不安になったり淋しくなったりした時、チャーリーの存在がどれほど救いだったかわかりません。母との別れが1日また1日と近づいていることを実感し、自分の病気まで重ねながら暗い気分でドアを開けると、そこにはクルクル回って出迎えてくれるチャーリーがいる。ただそれだけで気持ちがパッと明るくなったものです。

2006【母の希望で、チャーリーをニュージーランドへ】

ニュージーランドでの検疫生活(1ヶ月)に備えて短くカット。

ニュージーランドでの検疫生活(1ヶ月)に備えて短くカット。

こうしてチャーリーと私の生活は2ヶ月半ほど続きました。その間、母は1晩だけですが帰宅することもできましたし、転院先のホスピスにチャーリーを連れて訪問することもできました。久しぶりに母と会ったチャーリーは、私に見せるのとはまったく違う表情で、安心しきったように抱かれていたのを今でも憶えています。少々危険を冒してもぜひニュージーランドに連れて行って欲しい、という母のたっての希望でチャーリーと共にニュージーランドに戻って1ヶ月、チャーリーがやっと検疫を終えて出てきた2日後に危篤の連絡を受け、私はまた日本に帰りました。そしてその夜、成田から病院に直行した私を待っていたように、母は息を引き取りました。2006年の5月でした。


2008【両親を亡くした私を、支えてくれた2年間】

それから2年。短い間に両親を亡くしてしまった私にとって、チャーリーは残された最後の絆でした。はじめはチャーリーを通じて天国にいる両親に私たちの暮らしぶりを知ってもらおうと思っていたのですが、最近どうも違うような気がしてきました。もしかすると、相次いで親を亡くした私が淋しくないように、チャーリーはそばにいてくれたのかもしれません。そしてちょうど2年経ったところで「そろそろ1人で大丈夫やろ」と、安心して旅立っていったのかもしれません。子供たちを送り出した両親と、夫を失った母と、そして両親を亡くした私。何度となく家族の心を支えてくれたチャーリーは、やはり男前の頼もしい犬だったと、今あらためて思います。
長い間本当にありがとう、チャーリー。またね。

2008年5月28日
きなこ

モナカくんと初対面。最初から偉そうでした。   牛相手にもこの迫力。

モナカくんと初対面。最初から偉そうでした。

牛相手にもこの迫力。


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